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うろ覚えで綴るスノーボードクロスの歴史~成長編(国内の部) 

さてうろ覚えで綴るスノーボードクロスの歴史、90年代半ば~00年代中期までくらい編。

国内ではジャパンスーパーボーダークロス、通称スーパークロスと呼ばれるシリーズ戦がスタート。
SAJはもちろんJSBAともほぼ関係ない、いちイベント会社が主催していたツアーでした。
でもそのコースの完成度の高さと、運営の素晴らしさは他の及ぶ所ではなく。
PSAのトッププロ、新進気鋭のアマ選手がごった煮となって国内最高峰のヒートを展開していたのでした。
最盛期は2000~2004年くらいでしたか、この時期は不肖・猫頭も東北で行われるシリーズには勇んで参加していました。
ジャングル・ジャングル、安比、雫石、広いコースに巨大なセクション、大きなキャニオン。
その上メチャクチャスピードが出るのに、快適なランディングがある為超安全。
形ばかりのチョリンでフラット落ちさせて、選手を怪我させて喜んでるようなのとは大違いでした。
スキークロスやスノースノースクートクロスが種目に加わり、三種目で開催されるのが通常になったのもこの頃。
複合種目で行われるシリーズ戦となったため、ジャパンクロスゲームマスターズ、通称JCGMと解消されました。
でもそのあと暫らくは問い合わせの電話をすると、『はいスーパークロスです』と出ていました。

JSBA、PSAの方ももちろん精力的に大会を開催して居ます、多分99か00のシーズンだったと思いますが、
確か白馬で行われた全日本選手権で、エキシビジョン競技としてボーダークロスが開催されました。
JSBAの会員なら誰でも参加できる、言うなれば今シーズンの新潟国体みたいな感じだったと思います。
で、その翌シーズンから地区予選を勝ち抜き、全日本出場権を得なければならなくなります。
これがまた燃える燃える!、各地区の代表目指すアマ達の気合の入ったヒートは一見の価値あり。

今だと信じられませんが、東北地区予選に男子だけで200人近いエントリーがあった事もありました。
人数が多い為玉石混合ではありましたが、そのカオスを潜り抜けたツワモノ同士で戦うのは最高に楽しかった。
今振り返るとこの辺の時期が、国内クロスシーンの全盛期だったように思います。

でもこの辺からスノーボードマスコミが、フリースタイル偏向に完全にシフトし始めます。
トランスワールドスノーボ-ディング誌その他は、フリースタイルにあらずんばボーダーに有らず状態。
クロスやGS等のスピード系を完全に無視し、この状態は現在も変わっていません。
どうにかならんもんかと思うのですが、しょせんは商売人達のやることなので仕方ないのかなあ、と。

うーむ、かなり長くなりそうだぞ。
とりあえずここまでを国内編とし、次回は同時期のワールドワイド編。
みんな大好き、生ける伝説ショーン・パーマーが、遂に世界の頂点に現れます。

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